樹木希林さん、今何をされてますか?

 

樹木希林さんが亡くなりました。

 

ショックというより、悲しいというより

「あ・・」という感じです。

ずっとそこにあって当たり前だったものが「ほろっ」と欠けてしまったような。

緒形拳さんが逝かれた時も確かそんな感じだったっけ。

出演された作品は片っ端から観てます!みたいなすごいファンではありませんし、テレビに出られてても

「樹木希林出てるんだ」ぐらいな認識でした。

特別じゃないけど、そこにいるだけで妙に安心するというか納得出来る

そんな存在の方でした。

 

媚びない人

思い切り笑ったり泣いたり、そんな感情をあらわにするのは役のうえだけで、少なくともインタビューに答えたり、バラエティーに出てる希林さんはむしろ飄々としてました。

ほとんど無表情でとつとつとしゃべり、その場の空気を計算したり、無理やり進行にあわせたりというようなことはあまりなかったような気がします。

自分を必要以上によく見せようとか好感度を上げようとかはさらさら思ってなかったんでしょう。

私ねぇ、気をつかって話してるんですよ、これでも。でも人が怒ってるのを見るのも好きなんですよねぇ

さりげなく相手の反応を見てたんでしょうか。

したたかで、お茶目な方だったのですね。

無駄の無い人

芸能人のお宅といえば、やたらだだっ広い玄関にお約束の胡蝶蘭、これ見よがしの高麗の壷みたいな高そうな置物、壁にかかる有名(多分)な画家の絵画、シャンデリア、はては螺旋階段まで、金持ってるぞオーラがグイグイ来てそれだけで圧迫死しそうになるけど、以前「ぴったんこカンカン」で拝見した樹木さんのお宅は全く違っていました。

間違いなく豪邸、でも拝見した限り余計な装飾や華美なインテリアは無く、あくまでもシンプルで重厚でそれでいて圧迫感の無い、落ち着いた家具が空間を活かして置かれていました。

希林さんのセンスとこだわりが垣間見える素敵なお宅だったと記憶しています。

かつてのご自宅はフランス料理のレストランになっていて、今はそこがいきつけのご飯屋さんなんていかにも希林さんらしい。

シックで洗練されててインテリア雑誌のページにあるようなたたずまい。

やはりそこもこだわりのお宅だったのでしょうね。

若いころからきれいな人は塗っていくんですけど、私は取っていこう、取っていこうとしたんですね。くっついている飾りを全部、取っていこうって。そして、日常生活も削っていくと、なんにもいらなくなっちゃうんです。これがね、とっても調子いいんですよ

自分を俯瞰でみることのできる人

自然体のようでいながらその実はちゃんとご自分を客観視出来る方だったようです。

安易な褒め言葉にはのっからず、冷静に演技を分析されていたそうです。

その姿勢が多くの人の共感を得たのでしょうね。

 

全身がんを告白された時も周りの人が戸惑うぐらい落ち着いて、まるで他人事のようにインタビューに答えてました。

がんはありがたい病気。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。

ひょっとしたら、この人は来年はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう?

そういう意味で、がんは面白いのよ

どうしようもない現実をどこか絵空事のように語る希林さんはすごい。

すごいのだけど、自分自身を奮い立たせるために自らに言い聞かせた言葉でもあると思いたいのです。

とてもそんな境地にはなれそうもない私にはそのぐらいのレベルに降りてきてくれないと心の準備が間に合いませんから。

愛のある人

ご主人はいわずと知れたロッカー内田裕也さんです。

結婚して早々と別居、それ以来つかずはなれずの変則的な数十年を送ってこられました。

 

もし生まれ変わったら、

内田とはもう逢いたくない。

もし次逢ったら、

また好きになってしまって

また大変な人生を送ってしまうから

 

なんて素敵な愛の告白でしょう。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざが頭に浮かんできます。

 

紆余曲折あったとしても、その人の人生丸ごと包み込んで、自分の糧としてしまう。

その覚悟があればこその言葉です。

生半可な愛ではこうは語れません。

世間に蔓延した「愛」という言葉がこんなに切なく深く感じられたことはありません。

希林さんだったからこそ言えた言葉だったと思います。

 

希林さん

今何をされてますか?

喪失感で身悶えしている下界の人々を見下ろしてこんなセリフをはいてますか?

「しょうがないじゃない。もうこっちに来ちゃったんだから」

 

ご冥福をお祈りいたします。

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