メッセージ~海と空から

深くて暗い海の中、小さな魚は底をめざして泳いでいく。

ごつごつした岩礁の間をいくつも抜けるとあたりはますます暗くなり水も冷たくなってくる。
ここまで来ると仲間の魚はおろか、他の魚たちの姿も見えない。
目の前に大きな影が横たわる。
船のへさきのようなそれは大きく傾いていて半分は海底の砂に埋まっている。
横腹に洞のような暗い深い穴が口を空けている。
小さな魚はためらわず中に入っていく。

「大おじいさん」

小さな声で呼んでみる。

声は思ったより大きく響き、洞いっぱいに反響する。
しばらくすると、ずるずると這い出すようにりっぱなひれを持った灰色の魚が姿を現した。

「なんじゃな、また来たんかい。なんの用じゃ。」

しゃがれた声は力ない。

「大おじいさん、いつまでもこんなところにいたらダメだよ。迎えに来たよ。さあ一緒に行こう」
小さな魚は灰色の魚に近づいた。

「いや、わしはここでええ。もう光のあたる場所には行きとうない」
「なに言ってるの!みんな心配しているよ。上に上がれば色んな仲間に会えるよ。
 もっともっと上に行けば波間から外の景色も眺められるよ」
「そんなもんに興味はない。」
「いや絶対楽しいから。一緒にあがってよ。でないと僕凍えそうだよ。冷たすぎて・・」

灰色の魚は外の世界よりもこの小さな魚の体が心配になった。
自分のためにここまで潜ってきて風邪をひかせたら可哀相じゃ。
灰色の魚は仕方なく小さな魚に導かれるまま上へ上へと泳いでいった。

「ねえ、大おじいさん、なんでいつまでもあそこで籠っているの?」

小さな魚はそっと聞いてみた。
もうこの質問は何度もしていたけれど。

「昔々のことじゃ・・・」

灰色の魚はいつもと同じ口調で語りだした。

「真っ青な空が広がる素晴らしく天気のええ日じゃった。わしはのんびりと泳いでおった。
 近くを船が通っておった。鉄の塊のような確か軍艦というやつじゃ。
 と、いきなり何かのうなり声のような音が空のかなたから聞こえてきての。
 あれよあれよと言う間に空一面が何百という大きな黒い翼を持った鳥たちの大群におおわれたんじゃ。」
「この前は何十って言わなかったっけ?」
「うぉっほん、数え切れないほどということじゃよ。
 その鳥たちは恐ろしいうなり声をあげて陸の方に向かって飛びながら、
 なんと翼から火の塊を吐きおったんじゃ。
 それは真っ直ぐに陸につきささるように落ちていった。
 ひゅるひゅるひゅると不気味な音を立てながらの。
 とたんに陸から火の手があがった。
 火の塊は近くを通っていた船めがけても飛んできた。
 船も同じような火の塊を吐いて応戦しておったが・・・
やがて大きく傾いて船尾の方から沈んでいった。

 陸も火の海、船も火の海・・・恐ろしい光景じゃった。」

いつ聞いても怖い話だった。ちいさな魚はかすかに身震いした。

「わしはあわてて水に潜った。何やら熱い硬いもんがあられのように降ってきた。
 側に居た仲間が何匹もやられた。わしは逃げたよ。海の底めざして。無我夢中じゃった。
 その熱い欠片はわしの後を追うように沈んできた。じゅうじゅうと気持ちの悪い音をたてての。」

灰色の魚は苦しそうに咳をした。

「どのぐらい時が経ったのかわからなかった。
 気がつくと大きなものが目の前に横たわっておった。
 さっきの船の舳先じゃということはわかった。
 他の部分は見えんじゃった。水がひどく濁っておっての。
 その中に静かに沈んでおったよ。まるで・・巨大な鯨のむくろのようじゃった。
 船底にどでかい穴があいておった。わしはそこから中を覗いたよ。
 この船にはきっと大勢の人間が乗っておったはずじゃ。
 だが誰もいなかった。きっと流されていったんじゃろう。
 このあたりは潮の流れが早いからな。
 死んだわしの仲間と同じようにいつかは形もなくなるんじゃろ。」

小さな魚はだまって聞いていた。灰色の魚の悲しみが伝わってくるようだった。

「そのままそこにずっといるの?」
「そうじゃよ。その話はこの前もしたな。」
「どうして?」
「それは・・・わしにもわからんよ。ただ・・・守ってやりたかったんじゃ」
「何を?」
「いや、だからわしにもようわからんのじゃ」

海面はすぐそこに近づいていた。

「あ!」

小さな魚は思わず叫んだ。

もうすっかり暮れている空に一筋の火の玉が上がっていった。
高く高く・・何かの意思を持つように真っ直ぐと。

ひゅるひゅるひゅる~

「いかん!逃げるんじゃ!またあれがやって来た。やっぱりそうなんじゃ、
まだ終わってなかったんじゃ」

灰色の魚は小さな魚を押し込むように再び海の底をめざして泳ぎはじめた。

「大おじいさん、違うよ、よく見て!火の塊じゃないんだよ。
ほら、お空にむかっているでしょう。」

どん!

あたりの空気が一瞬どよめいた。

と同時に目を瞠らんばかりのまぶしい光が空一面に広がった。

それは巨大な輝く花だった。

ひゅるひゅるひゅる、  どん! どん! どん!

火の玉が次々とあがるたび魚たちが見たこともないような鮮やかな花びらで夜空は覆い尽くされた。
珊瑚の花の赤、黄、波に映える夕日のような金、南の海の明るい青、
それからそれから・・・

次から次へと花は咲いてはきらきらと光りながら海に降り注ぐ。
それは波間を漂う夜光虫のように淡く光ってすうっと消えていく。

「なんなんじゃ、これは・・・。黒い鳥はどこへいった?
 あの地獄のように熱い炎は?火の塊は?なぜ落ちてこんのじゃ。」

灰色の魚も小さな魚も、そしていつの間にか集まってきた仲間たちも、いつまでも空を仰いでいた。

灰色の魚はなぜか胸がいっぱいになった。

遠い遠い昔・・黒い鳥が現れるよりもっと昔・・・こんな光景を見たような気がした。
それはあまりにもうっすらとしていて・・・

「大おじいさん」

小さな魚が、空の音に負けずに元気な声を張り上げた。

「これが花火っていうんだよ」

 

今年、73回目の終戦記念日を迎えました。
理不尽な戦争でたくさんの尊い命が奪われました。
その反省や教訓は今に活かされているでしょうか。
主義主張は違っても皆心は一つであることを信じたいです。
犠牲になられた皆様への鎮魂とこれからの未来に思いをはせ
こんなショートストーリーを書いてみました。

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