印刷だけの年賀状どう思う?~やはり自筆で一言添えたい3つの理由

この間お正月を迎えたと思ったのに、早くも3月の声が聞こえて来る時期となりました。

月日の経つのって本当に早い・・・。

 

ということで年末でも年始でもなんなら年の真ん中あたりでも、いつでも読んでいただけるようにとあえてこんなテーマを選んでみました。

 

印刷だけの年賀状どう思う?

こんな記事が先日読売新聞日曜版の「発言小町」に掲載されていました。

 

年賀状がテーマ?なんで今ごろ?

と思われるアナタ、

 

今年の年末までもう300日を切りましたよ(笑)

 

そもそも年賀状とは、

年賀状(ねんがじょう)とは、新年に送られる郵便葉書やカードを用いたあいさつ状のことである。新年を祝う言葉をもってあいさつし、旧年中の厚誼の感謝と新しい年に変わらぬ厚情を依願する気持ちを、親しい相手への場合などには近況を添えることがある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

というものです。

前出の記事の中では「それは嫌」という人、「ぜんぜん気にしない」という人、送る側受け取る側双方からの様々な意見が飛び交っていました。

私としては、印刷だけの年賀状は送る立場であっても受け取る立場であってもやはり「それは嫌」派です。

どうしてそう思うのか、ではどうすればいいのか、受け取る側としての感想と意見を述べてみたいと思います。

 

慣わしにとらわれすぎてる

年賀状を出したという人は昨年は男女とも約7割を割り込んだそうです。

また「年賀状はあったほうがいい」という人の割合もやはりそのぐらいで年々減少傾向にあります。

そんな中律儀に年賀状にこだわっている人は、年賀状に限らず、お中元、暑中見舞い、お歳暮などなど季節の挨拶を欠かさない欠かしてはいけないと思う義理堅い人なのだと思います。

それ自体はとても大切で尊いものなんですが、

毎年年の瀬が迫ってくると「あ~年賀状の時期が来た」「早く印刷頼まないと」と若干憂鬱になりつつも、それが慣わしだからと重い腰をあげる・・・それが正直なところではないでしょうか。

それだったら、

『新年を祝う言葉をもってあいさつし、旧年中の厚誼の感謝と新しい年に変わらぬ厚情を依願する気持ち』

その気持ちを年賀状であらわしたいと思う相手のみにおくるようにしませんか?

義務感のみで「とにかく送る」方にシフトしてしまうと極力手間を省いただけの味気ない「はがき」になってしまいますから。

データのチェックが出来ていない

「毎年送ってるから」「相手にも毎年もらってるから」というフォロー返しみたいな作業を繰り返していると大事なところでミスをやらかしてしまいます。

うちは何年か前に引越しをし住所が変わりました。

なのでその通知と年始のご挨拶を兼ねて年賀状を送りました。

それでも毎年、旧住所で届くものが何通かあります。

最初のうちは郵便局の方で番地を訂正したものが届いていました。

こちらでも再々住所変更の旨を知らせていましたが、依然として直していただいてません。

珍しい姓でもないのにそれでも未だに無事届いているのはありがたいことですが謎でしかない。

ひたすら郵便局さんのご好意なのでしょうか。

それはともかく、受け取った側とすればあまり気分の良いものではありませんね。

逆にこちらからの年賀状も名前確認だけで、裏もかえしてないんだろうなと残念な気持ちになります。

この頃はほぼ当たり前といっていいぐらい宛先印字されていますよね。

なのでそのデータを毎年チェックすることなく出されているということに・・・。

これただの知り合いだからいいようなものの、もし上司や恩師だったらどうなんでしょうか。

相手を見ていない

「見ていない」とは顔をということではありません。

うまく言えませんが、相手と自分の距離みたいなものをはかっていないという意味です。

もう何十年も会ってないのに

「旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。」
・・・いえいえ、旧年中どころかもう何十年もお会いしてませんけど。

「本年も相変わらずよろしくお願いいたします」
・・・相変わらずって言われましても忘れるほどご無沙汰してますから

 

「それは仕方ないじゃない!選んだ文例がそれだったんだから。たくさん印刷するのにいちいち文面までこだわれないわよ」とのツッコミをいただきそうですが・・・。

受け取る側はそうは思いませんよ。

年に一度のやりとりだからこそ、そのあたりは配慮をお願いできればと願うばかりです。

確かに何千枚、何百枚と年賀状を送らなくてはいけない事情のある人も多くいらっしゃるでしょう。

その中のほんの数人のために文章を変えることは面倒だし手間がかかるのはよくわかります。

でしたら、自筆で余白に一言添えてみればいかがでしょう。

「ご無沙汰してますがお元気ですか?」とか「こちらは相変わらずばたばたしています」とか、相手を気遣う言葉でも自分の近況報告でも構いません。

短い一言でも自筆であることで、儀礼的な文章を緩和する力がそれにはあると思います。

また、もし写真の賀状なら、「みんなこんなに元気です。お互い健康でいましょうね」とか。

もらった人が思わず笑顔になるような言葉を添えてみませんか。

まとめ

以上、受け取る側からみた『印刷だけの年賀状~やはり自筆で一言添えたい理由』を述べてきましたが、受けとり方は人それぞれ。

さて、あなたはどう感じられましたか?

  • 慣わしにとらわれすぎて
  • 忙しいからとデータのチェックをついつい怠って
  • 同じ内容を印刷した賀状を一斉に送付

 

もしそうだとしても、

印刷した賀状にたった一言を添えるだけで

送り手 ⇒ 一様な内容(印刷)の緩和が出来る

受け手 ⇒ 自分宛のメッセージに心がほころぶ

という相乗効果が期待できるのではないでしょうか。

追加

いっそ出さないという選択

年賀状が負担だけど、向こうも毎年送ってくるし、こっちも出さないわけには・・と思っているあなた。

思い切って、いっそ出さないという選択もあります。

年賀状の文面で、それとなく「出さない宣言」するのはどうですか?

表も裏も印刷だけの年賀状が続いているなら、向こうももしかして義務感でこなしているのかもしれませんから逆に感謝されるかもしれませんよ。

そんな宣言なんてとても出来ないという人のために、

向こうが出すからこっちも出さなきゃという負のスパイラルはこちらから断ち切ってあげましょう。

私事ですが、うちは数年前から一言も添えられていない印刷のみの年賀状が届いた場合には翌年からそのお宅には出さないようにしています。

なので半数に減りました。

暗黙の相互理解というところでしょうか。

ただしご家族の写真を毎年賀状にされている方に対してはやりとりを続けさせていただいてます。

写真がメッセージという解釈なのかもしれないので。

出す側として

受け取る側の気持ちなどは結局は本当のところはわかりません。

長年のやりとりのなかで何となく感じとるものかもしれませんね。

私はイラストを描くのが好きなので、毎年干支のイラストを描き、プラス「おめでとうございます」などの挨拶だけを印刷しています。

各人の事情が違うので「旧年中は・・・」とか「今年もよろしく」という定例文は入れません。

その分、一言入れるスペースを必ず空けていて、その人に合わせてご無沙汰のお詫びや近況報告などのコメントを自筆で入れるようにしています。

正直、年始のご挨拶を兼ねた自分のイラストの宣伝でもあります。

ちゃっかりLINEスタンプのQRコードまで貼ってますから(笑)

さて、受け取る側はどう思ってくれてますかね?

 

「また~!まだこんなことやってんの?私ラインなんて興味ないし」なんてリアクションならちょっと悲しいけど・・。

 

でも義務感にとらわれるのではなくどうせなら楽しんでお互いやりとりしていただきたいと思ってます。

 

最後までお読みいただきありがとうございました

 

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